名古屋高等裁判所 昭和24年(ナ)3号 判決
原告 田中宗治
被告 花垣村選挙管理委員会
一、主 文
原告の訴はこれを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、請求の趣旨
原告は「昭和二十四年八月十八日執行の三重縣名賀郡花垣村農地委員会委員の選挙における松村光雄の当選を無効とし原告を当選者とする。」との判決を求めた。
三、事 実
原告は昭和二十四年八月十八日執行の三重縣名賀郡花垣村農地委員会委員の選挙に際し立候補したところ、定員六名中、訴外松村光雄は五十八票の得票で最下位当選者と決し、原告は五十六票の得票で次点と決し翌八月十九日、被告委員会は当選者の住所氏名を告示した。しかるにその後原告が調査したところによれば、右選挙における無効投票十五票中「タナカムネヲ」と記した二票と、「田中宗夫」と記した一票があることが判明したが、この三票は決して無効とすべき票ではなく、いずれも原告の有効得票に算入すべきものである。というのは、同村内に「田中宗雄(呼名田中膺男)」という実在の人物があるとしても、立候補制を採用している本選挙において、同人は候補者でないばかりでなく、原告とは近親知己の関係もなく又近隣に居住するものでもなく、選挙人においてこの両者を混同する理由がない。特に婦人、老人間には、原告は「宗吉さん」「宗夫さん」「宗造さん」「宗さん」などと呼ばれることはしばしばであり、今次選挙に際し、村役場書記ですら選挙記録に原告を「田中宗雄」と誤記した事実がある位である。從つて前記の三票は、原告をさして投票せられたものであること明らかであつて、單なる誤記と認むべきものである。よつてこの三票を原告の得票数五十六票に加算すれば五十九票となり松村光雄の得票より多数となるから同人を当選者と決定したことは違法である。
ちなみに原告は本訴提起に先立ち異議申立、訴願の手続はしていないが、本訴は行政事件訴訟特例法(以下單に特例法という)第二條但書にいはゆる「正当な事由があるとき」に該当する場合であるから、右手続を経ずに、直ちに出訴するもさしつかえがないわけてある。そして右の「正当な事由」というのは次のような事情である。すなわち、原告は本件選挙の翌日たる八月十九日、被告委員会事務所において、無効投票の閲覧を求めたが、法の許すところでないとの故をもつて拒絶せられた。そこで選挙立会人の月井正次について、再三問いただした結果ようやく八月二十八日に至り前掲のような不正事実(原告の有効投票を無効とした事実)を知りえたのであるが、その時既に一週間の異議申立期間は経過していたのである。從つてこの期間内に異議申立のできなかつたことは、なんら原告の責に帰すべきものでない。尤も原告は右選挙について自己のための立会人を出さなかつたし参観もしなかつたが、これは選挙の公正ということに絶対の信頼をしていたからである。
被告委員会代表者は原告の請求を棄却するとの判決を求め、本案前の主張として「農地調整法、地方自治法の規定によれば、市町村農地委員会委員の選挙における当選の効力に関し異議あるときは選挙人又は委員候補者は、一定の期間内に異議の申立及び訴願をなし、その訴願の裁決に不服ある者が始めて高等裁判所に出訴することができるが、市町村選挙管理委員会の決定に対しては、都道府縣の選挙管理委員会の裁決を受けた後でなければ裁判所に出訴することができない旨を明記している。特例法第二條にもこれと同旨の規定がある。尤も同條によれば『特別の事由』がある場合には、必ずしも出訴に先立ち裁決を経なければならないことはないが、原告にはなんら、この『特別の事由』がないのであるから、結局異議申立、訴願などの手続を経ていない本訴の提起は許されないのである。」と述べ、次に本案の答弁として「本件花垣村農地委員会委員の選挙に際し、原告主張のような得票で、松村光雄が当選原告は次点と決し、昭和二十四年八月十九日、その旨の告示をしたこと及び本件投票中『タナカムネヲ』と記した二票と『田中宗夫』と記した一票があつたことは認めるが、この三票が原告の有効得票であることは認めがたい。すなわち原告と同大字予野に『田中宗雄』という原告と同階層の実在の人物が居住し、同人は農林省三重作物報告事務所阿保出張所長を勤め、米、及び農地ということについては村内屈指の学識経驗者である関係上、選挙人はかねて啓蒙せられていたところに從つて、同人を『最も農村の事情に明るい人』として同人に投票した票と認めるべきものである。よつて選挙会において、右三票を委員候補者に非ざる者の氏名を記載したものとして無効としたのは、まことに当然であつて、その間なんらの違法はない。
よつて原告の請求は失当といわねばならない。」と述べた。
四、理 由
原告の本訴は、昭和二十四年八月十八日、執行の三重縣名賀郡花垣村農地委員会委員の選挙における当選の効力に関する爭訟であり、原告が本件出訴に先立ち次に説明するような前置手続を経ていないことはその主張自体に照らして明白である。ところで、右当選爭訟については、昭和二十四年六月二十日改正農地調整法第十五條の八によつて地方自治法第六十六條第一項ないし第四項、第七項、第八項の準用があるのであつて、これによれば委員候補者たる原告は本件村農地委員会委員の選挙について、その当選の効力に関し異議あるときは、まず当選の告示の日から十四日以内に、村の選挙管理委員会に異議の申立をなし、同委員会の決定に不服ある場合には、縣の選挙管理委員会に訴願をなし、つずいて同委員会の裁決に不服ある場合には、裁決書の交付を受けた日又はその要旨告示の日から三十日以内に高等裁判所に出訴することができるし、なお村の選挙管理委員会の決定に対しては、縣の選挙管理委員会の裁決をうけた後でなければ裁判所に出訴することができないことになつているのである。すなわわちこの訴訟は縣の管理委員会を被告としてその裁決の取消変更を求めるものであつて出訴にさきだち、異議、訴願の手続を経ることを要件としており、いわゆる抗告訴訟の形式によるものである。そこで特例法第二條適用の問題を考えて見るに同條本文については前記地方自治法の規定が特例法の関係にあるのでこれが優先して適用せられ從つてその適用が排除せられるものと解すべきであるが、その但書については地方自治法にこれに照應する何等の規定がない。しかし本件当選の効力に関する訴訟が抗告訴訟に準すべきである以上特に特例法で前記但書の趣旨を排除する旨の規定がない限り(地方自治法第六十六條第八項は右但書の趣旨を排除する規定とは考えられない)一般抗告訴訟におけると同じく右但書の規定は本件のような当選爭訟にも準用せらるべきものと解するのが正当であらう、けだし本件のような当選の効力に関する訴訟について特に右但書所定の緩和規定を必要としない理由を発見することができないからである。そこで進んで本件の場合に、はたして特例法第二條但書にいわゆる「正当な事由があるとき」に該当する事情があるかどうかについて吟味する。原告は本件選挙の翌日たる八月十九日、被告委員会事務所において無効投票の閲覧を求めたが拒絶せられたので、やむなく選挙立会人の月井正次について、再三問いただした結果、ようやく同月二十八日に至り、投票の違法点檢の事実を知りえたが、その時既に一週間の異議申立期間を経過していたというのであるが、異議申立期間は、前に説明したとおり、当選の告示の日(八月十九日)から二週間であるから原告が不正事実を知つた日(八月二十八日)には、まだ六日を余しているのである。從つて原告はこの間に充分異議申立の手続を執りえた筋合であるといわねばならない。(原告は異議申立期間一週間を考えているようであるが、それは法規の誤解である。)かりに原告がその主張するような違法な事実を確実に知つた日が右異議期間経過後であつたとしても、農地調整法第十五條の六及び同法第十五條の八によつて準用せられる地方自治法の諸規定によれば、委員候補者たる原告は、自己のために、投票立会人、開票立会人、選挙立会人となるべき者各一人を定めて選挙の期日前二日迄に、それぞれ投票管理者、開票管理者、選挙長に、これを届出でて投票、開票、選挙会に立会わしめることができ、開票に当つては、開票管理者は、開票立会人と共に投票を点檢し、各委員候補者の得票の計算は選挙長が選挙会において選挙立会人立会の上でこれをすることになつているのであるから、委員候補者たる原告は自己のための立会人を出すことにより又は自ら開票もしくは選挙会の参観を求めて之を参観することによつて原告主張のような違法事実を即時に知りえた筋合であるにかかわらず原告がその主張するように立会人を出さなかつたり又は自ら参観を求めなかつたことは、法規により與えられた権能を放棄したもの、とりもなおさず、このような違法を知る機会を自ら棄てたものといわねばならない。かかる場合に原告がその主張のような違法の事実を異議申立期間内に知りえなかつたことは、出訴に必要な前置手続を経ないことにつき「正当な事由があるとき」に該当するものとは認めがたいのである。
してみると原告の本訴は法の要求する異議申立、訴願の手続を経ていないことにおいて、結局不適法な訴に帰着するものといわざるを得ない。
よつて本訴はこれを却下すべきものとし、民事訴訟法第八十九條を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 中島奬 茶谷勇吉 白木伸)